アルパカログ

プログラミングとエンジニアリングマネジメントがメインです。時々エモいのも書きます。

全然わからない。俺たちは雰囲気でマネージャーをやっている。

自分は今、コード書かずにマネジメントしかしてなくて、そんなポジションの人にそれほど価値ないでしょ、とか思ってしまうけれど、こういうポジションの人がいないチームの話とか聞くと、やっぱりいたほうがいいんじゃないか、と思うし、ほとぼりが冷めるとまた自分は無価値のように思えてしまう。

こんな心境の吐露を「エンジニアリングマネージャのキャリアについての悩み」で拝見して、私も何か発信しなければと思ったのがこの記事のきっかけである。筆者のdaiksyさんは、

エンジニアマネージャってなんか実績を示しづらいので、世の中の数多のマネージャ職に埋もれて、自分にスポットが当たりづらい、結果、キャリアに不安が拭えない、みたいなとこないです?

とも述べていて、これら2つのメッセージに込められた心の葛藤は、全てのエンジニアリングマネージャー(以下EM)が感じていることではないかと私は思う。少なくともEMの一人として私はそう感じたので、私なりの考え、何に悩み、どうしたいと思っているかを述べてみたい。

私は誰?

私が何者かということの前に、先に言葉のゆらぎをなくしておきたい。

EMという言葉の使われ方を見ていると、本来の意味である役割としてのEMと、それぞれの企業で定めた職位としてのマネージャーがしばしば混同されているように見える。EM以外にもある。テックリードとかシニアエンジニアとか、CTOとかVPoEとか。言葉は変遷するし、とやかく言うつもりはないが、ゆらぎを残したまま誤解を与えないように、ここでは次のように定義しておく(図1)。

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1次管理者は現場に1番近い管理者で、現場の1次情報に触れられる。プレイングマネージャーという言葉が近いかもしれない。2次管理者は、能動的に収集しなければ1次情報に接することは難しく、不足した情報は1次管理者から得ることになる。いわゆる中間管理職だ。

1次管理者も2次管理者も、エンジニアからなるエンジニアリングのためのチームに関わっているのならばどちらもEMだ。一方、マネージャーという言葉は、ここでは単に管理の役割を担う人という意味で使用する。

私が何者かというと、エンジニアチームで4年半1次管理者を経験し、現在進行形で半年間2次管理者を務めているEMで、コードも書く。技術についてなら5年もあれば多少は明るくなるのに全然わからない。悩んでばかりだ。雰囲気でEMをやっている。

EMの価値ってなんだ?

おそらく全EMの悩みであろう「EMの価値とは何か」という問いについて。残念だが現時点で綺麗に言語化された答えは持ち合わせていない。

Twitterでマネージャー不要論を目にすると、半分はそうだよなぁと思ってしまう。でもこれだけは言わせていただきたい。確かに「完成されたチームにおいては」マネージャーは不要だと思う。ここでいう「完成されたチーム」とは、高度に自己組織化されたチームのことを指す。

だが、仕事にはやりたい仕事/やりたくない仕事、やらなければならない仕事/やらなくていい(やるべきでない)仕事、いろいろある。「◯◯さんとの仕事はちょっと苦手なんだよね」とかもある。人間だもの。

完成されたチームならば、それぞれのメンバーがやりたい/やりたくないという感情を脇に置いて、仕事の要不要を適切に判断できるだろう。でも現実はどうだろうか?世の中の全てのチームが完成されたチームではない。

世の中の全てのチームが完成されたチームではないという事実を踏まえると、EMの価値は未完成のチームを完成に近づけるプロセスにあると考えられるのではないだろうか。

もしあなたがEMで、観測できる事実として、例えば、過去に比べて現在の方が余った仕事を拾うことが少なくなっているとしたら、その成果はあなたのものであると誇っていいと思う。

もしあなたがEMでないチームのメンバーで、例えば、過去に比べて現在の方が成長の実感があるとしたら、もちろんそれはあなた自身の努力の結果であることは間違いないけれど、EMの支援があったからこそというのも忘れてはならない。

なぜわざわざこんなことを言うかというと、EMの成果はどうしても抽象的になったり間接的になったりするので、EMは(少なくとも私は)自身の成果をアピールしづらい、なんだか成果にタダ乗りするようで気が引けてしまうからだ。

EMの評価と孤独

私には5年のEM経験があることは前述したが、評価者がエンジニアだったのは最初の1年だけで、ほとんどの期間が非エンジニアの評価者だった。

評価者が非エンジニアであるというのは、評価の際、技術的な難易度や意義を非エンジニアの相手にうまく伝えなければならないということを意味する。と言っても、メンバーの成果を伝えるのは難しくない。そこには不当に評価を上げているんじゃないかというバイアスは存在しないからだ。

だが、EM自身の評価はどうか?第三者不在の場で、少なくとも私は自身の成果をアピールすることに躊躇したし、アピールよりも信頼関係の現状維持を選んでしまう。世の優れたEMはアピールできているのだろうか?

マネージャーの視点から見える向こう側の景色」は私が初めてnoteでサポートしたほど心動かされたエントリで、孤独なマネージャーたちの心の葛藤を着飾ることなく綴っている。想像だが、この筆者は1次、2次管理者を経験し、今は3次以上の管理者だろうか。その言葉には実際に経験したからこその重みを感じる。

もしもあなたが良いマネージャーに恵まれていると少しでも感じているのであれば、どうかその人を大切にしてあげてほしい。

ただ話を聞くだけではなく、正面から向き合って意見を伝え、孤独なマネージャーたちの意思決定を支えてあげてほしい。

20代の頃のこんなことを全く想像もしていなかった私に伝えたいし、想像もしていなかった自分がEMの立場になってこんなことを言うのはずるいと思う。でも、ほんの少しでもいいので、あなたにあなたのEMの支えになってほしい。EMはチームメンバーと違って、チームに同じ立場の同僚がいない。EMは孤独なのだ。

EMの成果をもっとアピールできるように

結局のところどうすればいいかはまだ自分の中でも固まっていなくて、なんとなく考えていることでしかないのだけれど、EMの価値が世の中にまだまだ認知されていないというのが原因の1つとしてあると思っている。

過去にEM meetupに参加してみたり、エンジニアのためのマネジメントキャリアパスを読んでみたりしたけれど、思ったのはEM同士の交流や情報交換も大事だが、それ以上にEMからEMではない人に向かってEMの仕事や価値を発信していく必要があるということだ。

マネージャーの視点から見える向こう側の景色」のように、EMだって人間で、日々いろんな悩みを抱えているということをどんどん発信していくべきだ。みんな悩みながら、それでも前に進もうともがき続けているということを、ありのまま伝えていくしかない。

私はEMの役割が好きだし、完成された、見方によってはある種ロボットのようにも見えるチームよりも、未完成で発展途上の、人間味のあるチームで働きたいし、そういう人たちの役に立ちたいと思う。私はそう思っているけれど、もし他にあったら教えてほしいし発信してほしい。

最後にジョジョの奇妙な冒険第5部から、管理者の苦労と覚悟を想像させるブチャラティのセリフを紹介して締めくくりたい。

『任務は遂行する』『部下も守る』

『両方』やらなくっちゃあならないってのが『幹部』のつらいところだな

覚悟はいいか?俺はできてる

最後まで読んでくれてありがとう。