アルパカログ

プログラミングとエンジニアリングマネジメントがメインです。時々エモいのも書きます。

人を育てるとき人を変えられると思わない

メンターやチューター、チームリーダーという人の育成に責任を持つ立場になると、「自分があの人を立派に育てなくては」と気負うことは普通にあると思います。

責任感が強く真面目な人ほど、思うように育てられなかったとき嫌になってしまったり、燃え尽きてしまったりします。

長らく育成に関わってきて得た私の経験則は、タイトルにもある通り「人を育てるとき人を変えられると思わない」です。

なんだかすごくドライな響きですが、どういうわけか説明したいと思います。

人の成長のうち自分の影響は何%だろうか

育成に悩んだときまず思い浮かべて欲しいことは、「人の成長のうち自分の影響は何%だろうか」ということです。

優れた人は自分で課題を見つけるし、迷っても少しアドバイスしてあげるだけでどんどん成長していきます。「その成長は果たして私のおかげだろうか?」という問いに対してイエスと言える人はあまりいないと思います。

優れた人は他の環境でもきっと成長するし、そう考えると「逆もまた然り」と思えてきませんか?

これまでいろんな人を見てきて思うのは、人の成長はその人の考え方に大きく左右されるということです。

人の成長は、どんな環境でどんな経験をさせるかということももちろんありますが、それ以外では、その人の考え方によるところがほとんどで、育成者の影響はせいぜい10%あるかないか程度だと個人的には思っています。

もし働きかけて人の考え方を変えることができれば、その人を大きく成長させることができるでしょう。しかし私は、人を変えることは到底できないと思っています。

人を変えることはできない

人を変えることはできない」という考えに対して反対の人もいることでしょう。これは私の考えであって、みんながそうあってほしいと願うものではないです。むしろ「人を変えることができる」という考えの人にもいてほしいと思います。救いがなさすぎるので。

私の考えでは、という前置きをして進めますが、例えば「7つの習慣」には「自分が影響を及ぼせる範囲とそうでない範囲を理解する」という趣旨の話があります。

自分が考えを変えるかどうかは自分の意思によりますが、他人が考えを変えるかどうかは他人の意思によるものです。こちらが何を言ったところで、それを受け入れるか受け入れないかは他人の自由です。

「人の考えを変えることはできない」という前提に立ってみると、育成というものが少し違って見えてくると思います。

育成を考えるとき、私ははいつも「人を変えることはできない」という前提から出発します。

メンタリングでは、メンティーが自分の課題に気付く手助けをするというのがあるように、育成でできるのは、相手が自分で自分を変えようと思える手助けだけです。

だからといって、育成に力を入れなくていいと言っているわけではありません。人の成長なくして組織の成長はありえないからです。けれど、育成を任された人だって大事です。燃え尽きてほしくはありません。

頑張りすぎて燃え尽きてしまう前に、「人を変えることはできないし、人が変わりたいように変わるだけ」という考え方もをあることを、記憶の片隅に置いていただければ幸いです。