アルパカログ

Webエンジニア兼マネージャーがプログラミングやマネジメント、読んだ本のまとめを中心に書いてます。

もう怒りで疲弊するのはやめよう。自分の感情と上手に付き合う方法

「どうしてこのくらいやってくれないんだ!」

これは、こんな風に思ったことがある人に向けて書いた話です。

最近ではリモートワークをきっかけに顔を合わせないコミュニケーションが増えて、ついイラッとしてしまうこともあると思います。

「どうしてこのくらいやってくれないんだ」という言葉の裏には「このくらいはやってくれるだろう」という期待があります。

そして期待が満たされなかったとき、「どうしてこのくらい」という負の感情になってしまうわけですね。

図にするとこんな感じです。

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結果が期待より低いと期待外れ、怒り

ではどうすればいいかというと、そう、期待をしなければいいのです。

そういうわけで今日は3つの考え方、

  1. 期待をしない考え方
  2. それでも怒りが湧いてくるときどうするか
  3. 感情で反応しないための考え方

について書いてみたいと思います。

期待しない

加点評価と減点評価という言葉があります。

減点評価というのは「これができなかったのでマイナス」というように、満点からどんどん点数を減らしていく考え方です。

加点評価というのは「これができたのでプラス」というように、上限なく点数を加えていく考え方です。

ここで考えたいのが、日本で義務教育を受けて育った人にとって馴染みのある考え方はどっちだろう?ということです。

学校や資格のテストを例に考えてみましょう。

テストでは減点されることはあれど、満点を超えて加点されることってないですよね。

きっと私たちには減点評価の考え方が染み付いているのだと思います。

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テストは最も身近な減点評価

テストは良いにしても、例えば人付き合いで減点評価の考え方をするとどうなるでしょうか?

誰かを減点評価で見たときのことを想像してみてください。

たぶん「減点できるところはないか?」という目で見ると思います。あら探しのようですね。

あら探しされて気分が良い人はあまりいないと思います。

でもなぜ、あら探しされると気分が悪いのでしょうか?

あら探しが嫌な理由は、減点されることで「絶対に期待を超えられない」とわかってしまうからだと、私は思います。

減点評価はなんとなく、人付き合いには向いてなさそうですね。

次に加点評価について考えてみます。

加点評価はゼロがスタートです。何もできなくても最初よりマイナスになることはありません。

つまり期待がゼロ、期待をしていないということです。(ドライですね。)

最初から期待をしなければ、「どうしてこのくらいやってくれないんだ」とはなりません。

最初から期待をしなければ、やってくれた分だけ期待以上になります。

図にするとこんな感じです。

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期待を下げると期待以上になる

こうやって見ると、人付き合いでは加点評価の考え方をした方がうまくいきそうです。

とはいえ「では今日から期待しないで生きていきましょう」と言われても戸惑ってしまいます。期待しないなんてできないよ。

昔なにかで読んだのですが、まずは「6割で十分」と思うところから始めると良いそうです。

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まずは期待の6割から

それでも怒りが湧いてくるとき

期待を下げても「やっぱりおかしいよ」と思うことはあると思います。

6秒我慢してもやっぱりおかしい。怒りがこみ上げてくる。(アンガーマネジメントによると怒りのピークは6秒だそうです。)

そんなとき怒りをそのまま相手にぶつけるのは悪手です。最悪手です。

相手を逆ギレさせたいのだったらそうすれば良いと思います。

ここでお伝えしたいのは、あなたが感じたことを、感情的にならずに伝える方法があるということです。

そのための前提として「怒りは2次感情である」ということを知ってもらいたいです。

2次感情があるということは当然、1次感情もあります。

怒りの前には必ず、その引き金となった1次感情があるといいます。

図を見てもらった方が早いかもしれません。

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怒りの前に様々な1次感情がある

これらの1次感情を見ると、怒りとは少し性質が違っていることに気付きます。

怒りの向かう先が相手(自分の場合もある)であるのに対し、1次感情の向かう先は自分だけです。

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怒りは外向き、悲しみは内向き

怒りを相手にぶつけると逆ギレされるのは、怒りという感情に相手に向かう性質があるからです。(人間の防衛本能の話も以前書いたので興味がある人はぜひ。)

だから、相手に伝えるべきは怒りではなく、不安や悲しみ、心配といった1次感情なのです。

ちなみに、怒りのあまり暴言を吐いてしまうと、相手だけでなくそれを目撃した人にも悪影響を及ぼし、処理能力や創造性を大きく低下させてしまうという研究結果があるみたいですよ。

事実は事実、しかし反応は選べる

私たちは何か嫌なことが起こると「嫌だな」と思ったり、何か悲しいことが起こると「悲しいな」と思ったりします。人間だもの。

仏教では、この心の動きこそが私たちの感情の苦しみやストレスの源であるといいます。煩悩という言葉がそうです。

実は「何かが起こった事実」と、そこから「何を感じるか」は切り離して考えることができるというのです。

つまり、何か嫌なことが起こったとき、それを「嫌だな」と思うから嫌なのだと。

むむ、なんだかちょっと難しいですね。絵で見てみましょう。

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起こった事実に対して反応は選べる

何か嫌なことが起こったとき、「嫌なことが起こった」という事実は変えられないけれど、自分が「どう反応するか」は選ぶことができます。

「嫌だな」と思うか、「別にいいか」と思うかは、自分次第というわけです。

仏教の祖であるブッダは「物事をあるがままに見つめ反応しない」と説いています。

「反応しない」というのは、「嫌だな」とも「別にいいか」とも思わないということです。何も思わない。

何かを思うから感情の苦しみやストレスになる。何も思わなければ心はずっと平穏…

修行を積めばできるのかもしれませんが、私にはちょっと無理そうです。

もちろん、「できる!」という人は目指してみると良いと思います。

私はせいぜい、どう反応するかを一呼吸おいて選べるようになれば上々かなと思います。

自分にも期待しないということで。

おわりに

この話は実は「反応しない練習」という本から学んだことが多く含まれています。

ベストセラーなので「あ、これ『反応しない練習』だな」と気付いた方もいると思います。そうでない方はぜひ一度読んでみてくださいね。

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